avril

このブログを少々 une pause (休憩) をしているうちに、あっという間に avril (4月) 、cerisier en fleur (桜の花)も満開を過ぎ、すっかり葉桜になってしまいました。 

avril と言えば、フランスにはこんな諺があります。

 En avril, ne te découvre pas d’un fil. En mai, fais ce qu’il te plaît.
 「4月には、糸1本たりとも脱ぐべからず。5月には好きなようにせよ。」

 le printemps (春) は la température (気温) の変化が激しいのは日本もフランスも同じ。暖かな陽射しが降り注いだかと思えば、その直後に du vent frais (冷たい風) が吹いて震え上がったり、la météo (天気予報) を信じて薄着をしてきたら、夜の帰り道は寒くて大後悔、なんてこともありますよね。

 さて、この諺の中の、“ te découvre ” の部分ですが、これは se découvrir という、衣類や帽子を脱ぐという意味の動詞です。命令形なので se が tu (君) に対応する te になり、それの否定形なので、ne と pas で挟んである訳ですね。
 fil は糸のこと。数えられないもの扱いなので、通常は部分冠詞 du と共に使うことが多いですが、ここでは、「糸1本たりとも」という訳で、un fil となっています。

 frileuse (寒がり) の私は、un fil どころか、なかなか les vêtements d’hiver (冬物の衣類) が手放せません。特に le matin et le soir (朝晩) はまだまだ肌寒い日が多いので、皆さんも、薄着はせずに、des accessoires (小物) などで寒さ対策をしてお過ごし下さいませ。 le mois de mai が待ち遠しいですね。

panne de courant


夕べから今朝にかけて、une dépression (低気圧) の影響で、とても激しい雨風でしたね。次男を la crèche (保育園) に送って行き、びしょ濡れになって帰ってきて、我が家の様子がなんだか bizarre (おかしい) と思ったら、なんと une panne de courant (停電) が起きていました。

すっかり冷たくなった la lunette des cabinets (便座) に飛び上がりそうになり、慌てて東京電力に問い合わせたら、どうやら tout le quartier (その界隈一帯) で起きているとのこと。
いつもなら faire le linge (洗濯) や faire le ménage (掃除) などの les travaux ménagers (家事) を済ませてから出勤するのですが、充電式の l’aspirateur (掃除機) をサッとかけるだけで家を出ました。la machine à laver が回っている最中ではなかったのが幸いです。

家から la station de métro (地下鉄の駅) までの sur le chemin (途中) にある une supérette (コンビニ) は真っ暗でしたが、中には結構な人が並び、さながら le marché noir (闇市) の様相を呈していました。les produits surgelés (冷凍食品) や les glaces (アイス) が溶け出さないか、お店の人は気が気ではなかったでしょうね。 
   
私の子どもの頃は、この une panne de courant というのは、かなり頻繁にあったものです。à la campagne (田舎) だったからなのか、そんな époque (時代) だったのかは分かりませんが、食事中やテレビを見ている最中などに、いきなり真っ暗になる、そんなことが珍しいことではなく、我が家の茶の間には、いつも少し大きめの une bougie (ろうそく) と un bougeoir (ろうそく立て) が置いてありました。

慌てず騒がずその la bougie に火を灯し、1つところに家族が集まって l’électricité (電気) が復旧するのを待つのですが、子どもの頃は、なんだかこのドキドキ感がたまらなく、しばらくしてパッとまた de la lumière artificielle (人工的な灯り) が戻ってくると、ちょっと残念な気がすることもありました。母等は les travaux ménagers の手も止まり、イライラ、ハラハラしていたものでしょうけれど。

ちなみに、何故か未だに実家の茶の間には、この une bougie と un bougeoir が置いてあります。もう埃まみれですが、年末に帰ったら、ちょっと掃除してみようかと思い至った、今朝の la panne de courant でした。     

sot-l’y-laisse


このご時世、老若男女を問わず faire la cuisine (料理をする) ことは生きる上で必要な la capacité (能力) とされているようで、l’école maternelle (幼稚園) や l’école primaire (小学校) でも un stage de cuisine (調理実習)が行われているようですね。

次男がお世話になっている la crèche (保育園) でも、4歳児のクラスから un stage de cuisine があり、また、給食で使われる les oignons (タマネギ) などの les légumes (野菜) は子ども達が剥いています。
つい先日も le tablier (エプロン), le masque (マスク), le bandana (三角巾、バンダナ) の三点セットを持っていったので、
「今日のクッキング、何を作ったの?」
と尋ねると、
「作ったんじゃないの。魚をさばいたの。」
と答えが返ってきました。
えらい高度なことをやるんだなと驚いていると、
「『イワシのてびらき』をやったんだよ。小さなお魚にね、指を入れてね、お腹を出してね・・・」
と、des gestes (身振り、ジェスチャー) 付きで説明してくれました。

先日、たまたま à la radio (ラジオで) 聞いたのですが、「魚をさばく、おろす」というのは、とても日本的な調理手順だそうですね。イタリアで des restaurants japonais (和食レストラン) を展開されている方の une interview でしたが、現地で技術指導をしているけれども、かなりの腕の un cuisinier (料理人) でも、魚を上手にさばくのは、なかなか難しいとのこと。la technique (技術) ではなく、la culture (文化) の問題だともおっしゃっていました。

フランスでも、「魚をさばく」という観念はありませんが、le poulet (鶏肉) は le rôti (ロースト) など、丸ごと調理することが多いので、それをさばきます。これは力もいるので、男性の役割になっていることが多いようです。

私が留学生時代に下宿していた家庭でも、le poulet rôti の晩はお父さんの出番。普段は料理をしない方でしたが、un couteau (ナイフ) を手慣れた手つきで扱い、du blanc (白身;胸肉やササミの部分), des ailes (手羽), des pillons (足の下の部分) などに切り分けて、家族全員の des assiettes (お皿) に順番に取り分けて下さいました。

そして、面白いのは、 le sot-l’y-laisse という部分。 直訳すると、le sot (愚か者) は le (それ) を y (そこに) laisse (残す) という意味です。お尻の上の方のとても小さな部位で、目立たないため、こんな名称らしいですが、それにしても長いですよね。

“ Et voilà le sot-l’y-laisse. Comme je ne suis pas sot, je ne l’y laisse pas !” ( さあ、le sot-l’y-laisse だよ。ボクはバカじゃないから、残さないよ!)と言って、よく私の l’assiette によそってくれたことが、懐かしく思い出されます。

我が家の息子達には、le poisson も le poulet もさばける、カッコいいお父さんになってもらいたいものです。

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