grand changement

エフィを開校して10年になります。そんな節目の年に、期せずして le déménagement (引っ越し・移転) をすることになったこの春。新しい教室に移ってもうすぐ2ヶ月になります。もう随分前からここにいる感じがして、まだ2ヶ月しか経っていないなんてちょっと信じられないのですが、この春は身辺に色々なことがありすぎて、la notion du temps (時間の感覚) がおかしくなっているような気がします。
本当に、公私共に大変なことがたくさんありました。自分一人では抱えきれず、投げ出したくなることもありました。でもたくさんの人に支えられ、なんとか乗り切れたこと、心から感謝しています。les mots d’encouragements (励ましの言葉)les mots de sympathie (共感の言葉)、そっと見守ってくれる目。そんな小さな支えも、大きなエネルギーになりました。

そんな時にふと出会った言葉があります。

「大変」というのは、grand (大きい) changer (変わる) の組み合わせ。「大変」な時
は、大きく変わる、変えるチャンスだと思ってかんばろう。

自分の身に降りかかった des problèmes, des difficultés, des ennuis (大変なこと) を恨んで、des plaintes, des mécontentements (不平不満) を言っていても始まらない。これはune chance, une opportunité (チャンス) だと思って、とにかく前を向いて歩いて行こう。そんな気にさせられました。

実はまた次々と un grand changement がやってきており、ついつい下を向いてしまうのですが、度重なる des catastrophes naturelles (自然災害) で大変な思いをされている方々を思うと、そんな甘えたことは言っていられないと反省させられます。自然の力の偉大さ、恐ろしさに言葉もありませんが、どんな些細なことでもいいので、被災地の皆さんに、un bon changement (良い変化) が訪れることを切に祈ります。そして、私も前を向いて頑張って行こうと思います。

la nouvelle EFY (新しいエフィ) もどうぞよろしくお願い致します。






cauchemar


 日曜日、上野の科学博物館へ「古代アンデス文明展」を見に行ってきました。

子ども達が Les mystérieuses cités d’or (日本名:「太陽の子エステバン」直訳:「謎の黄金都市」) という、la civilisation des Andes (アンデス文明) を題材にしたフランスの古い les dessins animés (アニメ) が好きなので、興味を持つかと思ったのです。

 案の定、les masques en or (金のマスク) や l’écriture (文字) の代わりに les informations (情報) を残し、伝えるために使った les nœuds (結び目) などに興味津々。

les momies (ミイラ) や les crânes (頭蓋骨) などもあったため、怖がらないか少々心配でしたが、平気そうだったので、大きくなったもんだとホッとしておりました。

でも、 le lendemain matin(翌朝)、次男が、
「昨日は、ミイラとかガイコツの夢を見るんじゃないかって心配で、なかなか眠れなかったよ」

と言うので、やっぱり怖かったんだなと思いつつ、
「で、大丈夫だった?何の夢見たの?」
と尋ねると、

「宣伝ばっかりやってたから、夢なんか見れなかった」

「宣伝??何の宣伝?」

「『ミイラ展ですよ〜。面白いから見ていって〜!』とか、『ガイコツ安いよ〜。1ついかがですか〜?』とか、そういうやつ」


 ぷぷぷ。結局バッチリ見てんじゃん、夢。

 でも、des cauchemars (悪夢) ではなく、本人は怖い思いをしなかったようなので、よかったことにしましょう。   

 ご興味のある方は、2/18までなので、お急ぎ下さいませ。des cauchemars か des publicités (宣伝) 見ちゃうかもしれませんが・・・。

https://www.kahaku.go.jp/exhibitions/ueno/special/2017/andes/

communication

遅ればせながら、
Je vous souhaite une bonne et heureuse année 2018 ! 
(2018年が皆様にとって良い年でありますように)

さて、仕事柄なのか、la communication (コミュニケーション) の大切さ、難しさについて考えることが多いです。

une île inhabitée (無人島) にたった一人で暮らす訳でない限り、生きていく上で indispensable (必要不可欠) なのことではないでしょうか。

どんなに腕のいい un médecin (医者) でも、les patients (患者) や les infirmières (看護師) との la communication がうまくできなければ、良い médecin とは言えないと思います。

また、もちろん分野にもよりますが、世の中で高く評価されるのは、きちんと挨拶ができるとか、誰にでも気持ちの良い話し方ができる、そして「ホウレンソウ:報告・連絡・相談」がきちんとできる、communication 能力が高い人だと、人事関係の仕事をしている友人が言っていました。特に組織の中ではそうでしょう。

la communication というのは、communiquer:伝える、知らせる、共にさせる、通じる、といった意味の動詞の名詞形です。les sentiments (感情) や les informations (情報) を伝える l’outil (道具) は、やはり la langue (言語) , les mots (言葉)ですね。

でも、同じことを言っても、その la manière de dire (言い方) ひとつで、相手を喜ばせたり、不愉快にさせたりするもの。 

年末年始に la ville natale (生まれ故郷) に里帰りをされ、une fête des anciens camarades de classe (同級会) で懐かしい再会を楽しまれたという方もいらっしゃるのではないでしょうか。
気心の知れた les camarades (仲間) とのおしゃべりは大変楽しいものですが、本人は近況報告のつもりが、聞く方には une vantardise (自慢話) や une plainte (愚痴) に聞こえてしまうこと、また、そうならないように気を遣って疲れてしまうこともあるかもしれませんね。

また、子どもの頃に、お正月の親族が集まる席で大人達に何気なく言われた一言で、深い傷を負ってしまった、という経験も聞いたことがあります。自分が大人になった今、気をつけないといけないな、と思います。
フランス語にも、「からかう」意味の taquiner という動詞があります。悪意はなく、親しみを込めてからかうことなのですが、これも、場合によっては人を不愉快にさせたり、傷つけたりしてしまうものでしょう。

また、逆に、同じことを言われても、自分の la condition physique et morale (心身の状態) 次第で、受け止め方が全然違うとも言えるかと思います。

人と人との une bonne relation (良い関係) を築く une clé (カギ) となり、と同時に壊してしまう危険もある、この la communication. 

自分が発信する時には、受け止められ方に気をつけて、今一度、les mots, les paroles (言葉) の持つ力、大切さについて考えないといけないと、言語を扱う仕事をするものとして、そしてこの社会に生きる一人の人間として、考えた新年の始まりでした。そして、自分は何でも素直に受け止められるよう、なるべくいつも良い la condition physique et morale でいたいなとも思います。


今年も皆様が良い communication をされますように。
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